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2007年5月16日 (水)

日本の経営

ジェームス・C・アベグレン氏が5月2日(2007年)午前3時、東京千代田区にて死去したと報じられた。享年81才、殆ど一般の記憶からは忘れ去られていた人物であるが、日本で生活し、日本女性と結婚し、そして、シカゴ生まれの彼は1997年に日本国籍を取得していたという。いささかの驚きでもあったが、我々年代の者には時代を想起させる名前である。

彼が1958年に著はし、邦訳された「日本の経営」は当時のベストセラーであった。日本の経営についての古典中の古典と言っても過言ではなかろう。“終身雇用制”・“年功序列”・“企業別組合”などの言葉を生み出し、この三つが日本的経営の本質であると喝破している。当時の多くの企業人が一度は手にしたものである。社会人に成りたての私もその一人であった。

これを機に2004年12月に発行された新訳販(山田洋一訳)を50年振りに読み返してみた。

今日、ほぼ無原則に国際化という名の下のアメリカ化が進行している。それだけに、その対極にある理論として読み直してみる価値がある。著者自身新訳版の序文で50年近く前に多くの日本企業の経営幹部に読まれたように、今の世代の経営幹部に是非とも読んで欲しいとメッセージを送っている。

この新訳版の序文が、彼の理論のほぼ総てを語っているので、その概略をそのまま引用してみる。

「序文」

日本は欧米以外の国としてはじめて全面的な工業化を達成し、経済力で欧米諸国と肩を並べるまでになった。

日本の産業が、この様な成功を収めたのは、欧米から導入した技術を日本の価値観に基づいて構築された企業組織に取り入れたからである。欧米の技術と日本的組織という独特の組み合わせを作り上げ、単純な物真似を避けたからこそ、日本は大きな成功を収めることが出来たのだ。

特に、会社と従業員の「終身の関係」が日本の雇用関係の原則であり、日本の強力な経営方式の根幹になっており、50年経った現在も変わらぬ力を持ち続けている。

日本の企業は社会組織、共同体であり、構成員が安全に幸福に暮らせるようにする事を最大の目的としている。この制度の中で、労働組合は労働側と経営側の対決の為の組織でなく、協力の為の組織になっており、報酬と昇進の制度は以前からの年功に基づいており、今でも社会の高令化という状況に適応し乍ら年功の重視をかなりの程度維持している。

50年を経た今日、本書を再び刊行するのは、日本の勤労者と経営者が、日本の経営制度の強みをもたらしてきた基本を見失いかねない危険な状況になっているからである。

日本の制度の基本を疎かにする見方が二つの要因から生じている。第1は、アメリカ企業が力強く成長している様に思える事であり、アメリカが製造業をほぼ放棄して来た事実は無視されている。

第2に、日本は企業と人口構成の成熟に適応する為に苦闘を続けて来たことから景気が低迷する期間が長引いていた。この二つの要因から、日本企業の強さを支えてきた源泉を放棄して、一見、好調なアメリカ方式を真似るべきだとする見方が強まっている。こうした状況があるので、本書は日本企業の経営制度を支えてきた基本原則から離れる事の危険を思い起こす一助にしたい。

欧米では企業を共同体という観点から研究する事には殆ど関心がはらわれていなかった。これは企業を非人間的な経済機械と見なしている証左である。

日本では会社というもののとらえ方自体が英米型の概念とは違っている。英米型の見方では、会社とは資産を組み合わせたものである。会社の構成員である従業員すら「資産」と呼ばれる事が少なくない。

資産と言うからには当然のことだが、価格がついて売買出来るものだ。このため資産の組み合わせである企業も価格が上下に変動すると共に売買されるものであり、短命に終わることが多い。

日本の企業は社会的組織であり、共同体である。従って構成員の為に永く存続することを目標にしている。そして、平等主義的である。日本の大企業では、社長と一般従業員の所得格差は10倍前後だが、アメリカ企業では、これが500倍にも達し、さらに拡大している。

日本企業は「終身の関係」という言葉が示すように、構成員に職の安全を提供しようとしている。日本企業は共同体なので、指導者は内部から選ばれる。取締役に選ばれるのは長年にわたって勤務し、好成績を収めてきた従業員である。取締役は会社でキャリアを築いて来た生え抜きであり、会社と業界を熟知している。日本企業では取締役の地位は部外者に与えるものでなく、会社や業界、更に、競争相手について、殆ど知識をもたない部外者が社長と親しいというだけで取締役になったりはしない。

労働組合については、その組織率は徐々に低下している。就業者に占めるサービス産業就業者の比率が上昇している事がその背景になっている。労働組合は1950年から1970年にかけて経営側と対立する姿勢をとる事が多かったが、今では経営陣にとって有力な味方になっており、労使が協力して競争力の強化と生産性の向上に取り組んでいる。

日本的経営は進化、変化している。しかし、日本的経営の基礎にある価値体系は変わっていない。

これが、特にはっきりしているのは個人主義か集団主義かという点である。欧米の企業、特に英米の企業は個人主義を強く主張している。個人に報いるようにしなければ優れた成果は期待できず、同時に個人を処罰し、処罰の脅しを与える仕組みがなければならないとされている。巨額の報酬を与えられる可能性というアメと、職を失い家族が苦しみ自分の将来が閉ざされる恐れというムチが使われる根拠になっている。

集団主義の場合には動機的にあたって報酬も処罰も小さな意味しかもたず、個人の成果ではなく、集団としての業績が重視される。QCサークルは日本企業では大成功を収めたが、アメリカ企業ではうまくいかなかったのが判り易い例である。

日本企業は基本的には売買できるものでなく、売りに出されるのは経営が極端に苦しくなり、新たなオーナーに従業員の将来を託す場合だけである。敵対的買収はない。企業を資産の組み合わせとして会社を売買する余地は日本にはない。

今、日本の価値観を否定しかねない制度や方法がもてはやされている。例えば、英米型の「企業統治」の方法として、部外者の取締役が会社の意志決定を管理すべきであり、相互の信頼に代えて複雑な法的枠組みを使うべきであり、長期的な機会や必要を犠牲にしてでも株式の価値を経営の目標にすべきと主張されている。

株式は短期的な利益だけを狙って売買されているが、企業統治のこうした考え方は日本企業の強さを損なうだけであり、新たな強みになりえない。

成果主義がもてはやされている。成果主義というのは、何ともあいまいな言葉だ。成果が良いものであるのは自明の理だ。極めて単純な作業ならともかく、通常の仕事は各人の成果を計測するしっかりした方法は誰も考案できていない。日本的経営に代えて成果主義を採用するのは自殺行為だ。

日本の文化を無視した変化や制度全体に与える影響を考慮しない変化や日本経済の成功をもたらした基礎を脅かしかねない変化・・・・こうした変化は拒否すべきである。(序文終わり)

著者アベグレンが調査し、基礎とした1950年代前半の日本の経済社会は企業規模別(大企業と中小企業)格差の存在が最大の問題であった。当時、例えば請負業に於いて本工と比べ臨時工は賃金を含めあらゆる面で差別されていたのであった。

その解消こそが、また政治の一大目標であった。石橋湛山や池田勇人の政策もここに重点が置かれたのである。そして、やがてこれが高度成長・所得倍増政策へと繋がり、ついに現実に完全雇用の果実をもたらしたのである。

政治史的には左右社会党の統一と保守合同によって日本社会党と自由民主党の与野党二大政党が相対峠し、ある時は話し合い乍ら日本の政治が運営された。いわゆる五十五年体制がスタートした時期であった。

労働運動も活発であり、三井三池争議など歴史にのこる争議も、この時期に集中している。また、国際政治は東西両陣営がイデオロギーで対立する構造下にあり、国内的にも労働運動・政治運動(安保闘争)・社会運動(原発反対)なども全てイデオロギーに則っていた。

それらは、様々な手段を駆使し最終的には革命を指向するものであった。その中で、特に先鋭な思想と過激な行動力を持つ革マル派が官公労に影響力を増しつつあり、保守陣営にとっては大きな脅威であった。

保守も力の行使や宥和策や懐柔策と巧みな戦術を行使しながら対応していたのだった。

しかし、何と言ってもアベグレンが喝破した日本の文化とも言うべき企業の「終身雇用」、そして、それを推進するテクニックとしての「年功序列」更に「企業別組合」の特性と、それに呼応するが如く、ときの自民党政権が打ち出した「高度成長・所得倍増」政策がマッチし、またたく間に国民の80%が中流意識を抱く格差の少ない平準化した社会を形成するに成功したのである。

当時、ソ連の世界戦略とその指導下にあった革新勢力はイデオロギーに固執していたが、すでに中産階級化した国民の共感を得るには到らなかった。

日本が世界的革命勢力の膝下にくみする事なく、自由主義社会を堅持する事が出来たのは日米安保条約の存在も大きいが、何と言ってもこのぶ厚い中間層が経済的に安定した生活を営み、その上に立って健全な社会思想を培っていたからであろう。

それはまさに、日本民族自らが永い歴史と伝統の中から創り出した文化の勝利と言えるものであろう。

しかし、杞憂すべきは近年その型が崩壊の怖れを呈している事である。10年に及ぶデフレ不況脱却の為、個々の企業が力を注いだリストラ策、その一環として活用した派遣社員制度や請負制度についてアベグレンは2004年の段階で経営手法の進歩と肯定的に捕らえているが、これらが機能すればする程所期の目的から外れ、大きな格差を生む結果を招いている。

大企業の正社員と中小零細企業の社員との所得格差は三倍にも達し、加えて厳しい経営環境下では中小企業の社会保障は極めて不備である。

更に、大企業、中小企業を問わず、近年経営者の意識も大きな変化を来している様である。

私はアベグレンが見つめた時代とほぼ時を同じくして、社会人としてサラリーマン生活を送った(1962年~)丁度、東京オリンピックを挟み戦後の経済成長を象徴する時期であったが、幸い多くの経営者と接し、その機微に触れる機会が多かった。

どの様ないきさつであったかは定かでないが、当時、経団連の会長をしていた石坂泰三氏を囲む20人程の若手企業人の月例会に参加していた。経済問題のみならず、政治・文学、更に、人生論に到る幅広いテーマを専ら石坂氏が話し、その後意見を交わすなど肩がこらない会合であった。カレーライスを食べ乍ら直接石坂氏の人柄に接するひと時であった。明治人らしい気骨と、中国古典の四書五経やイギリスの詩歌にも及ぶその博識には目を見張らされたが、ある時「君達ももう少し歳をとったら易経を学んでごらん面白いよ」と言われた。その折は、その意味すら理解できなかったが、今思えば中国4000年の歴史の中でうごめいた生身の人間の行動の集積の中から編み出された「易学」の奥深さを語られたのであろうと推測している。氏の人格や行動の基盤がそこに在ったのかと、やっと悟る事が出来た思いである。

敗戦後、満州から引き揚げてきた多くの社員を国内で抱え込み、それが為に経営困難に陥り乍らも一人も解雇せず歯を食いしばって頑張り通し、見事会社を再建させた出光興産店主の出光佐三氏の「家族主義」経営哲学。

陋屋に住み食事と言えば“めざし”の土光敏夫氏、国鉄総裁を勤めた頑固一徹の石田礼三氏、その他、敗戦の瓦礫の中から日本経済の再生に命をかけた経営者群像をみる時、その高い理念と倫理観に裏打ちされた生き生きとした行動とヒューマニズム、そして、その心に宿したサムライ精神こそ、今、まさに我々がもう一度思い起こさねばならない日本文化であろう。

今日、とかくアメリカ流発想や手法がもてはやされている、それはそれで結構である。しかし、一方でアベグレン理論の意味する処を真摯に受け止め大いに参考にすべきではなかろうか。

かって時代の寵児ともてはやされたライブドアの堀江社長や村上ファンドの村上社長は今や刑事被告人として裁かれる身である。その村上社長との関係のなかで小銭をかせいだ日銀総裁、この人を金融のトップに頂かねばならぬとは情けない次第である。

更に、不払いが続々と表面化している保険業界のトップ連中、女性キャスターを如何なる理由か知らぬが会長に招いた電気会社、ある評論家が言う如く、招く方も招く方なら受ける方も受ける方である。もっとも「過労死は自己管理の問題」、「労働基準監督署は不要」と言ってはばからない経済同友会の女性幹事などは論外としか言いようがない。女性の社会進出に大いなる共感を持つ私であるが、失望以外の何者でもない。

これらと戦後のサムライ群像とは比較すべくも無いが、その落差の大きさに暗澹たる気持ちになるのは私一人ではなかろう。

南米では、今や12カ国中8カ国に於いて左派もしくは中道左派の政権下に在る。かって、これらの国の上層部の若い人材がアメリカで学び、アメリカ的教養と感覚を身につけ、帰国後国家のエリートとして各界で指導的役割を果たしてきた。そして、アメリカ主導のもと、経済の自由化、国営企業の民営化など急進的経済改革を断行して来たのだった。一時はそれが成功したかに見えた。しかし、貧困や失業にはっきりした改善はみられず、格差が拡大し、民衆の不満や批判が高まったのである。

その結果、ベネズエラ、ボリビアでは左派がブラジル、アルゼンチンなどでは中道左派が政権を握ることになった。今後それらの左派政権がどれ程民衆の期待に応える事が出来るか注視したい。

我が国とは民族構成、教育、経済構造、資源、歴史とあらゆる面で大きく異なるがアメリカ流、国づくりの実験場となったこれらの国々の轍を踏まぬよう十分に注意しなければならない。いかなる型の国づくりを進めるか、まさに、いまこそ政治がその責任を問われているのである。

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